チェコ・ポーランドの旅9(ゲットーの壁、ワルシャワ旧市街)

 前回、ゲットーについて触れましたが、そこでの生活について少し補足します。

 ゲットーの中は、大変な過密状態(平均すると一部屋に9.2人が暮らす密集具合)、窮屈で不衛生な住環境のため、伝染病が蔓延しました。わずかな食量しか与えられず(ドイツ人一人当たり2600kcalに対しユダヤ人250kcal)、人々は常に飢餓状態だったといいます。外出が許されなかったため、この食糧を

 武装蜂起は最終的には鎮圧されてゲットーは解体されたのですが、その一部が残っていて、今回それを見学しました。壁の高さと幅の厚さに圧倒されました。これでは外に出ることはできません!

 戦争が終わるまで地下に潜った人たちを、ゲットーの外で支え続けた女性が壁の両側で見た事柄を綴った「壁の両側」という本を旅行前に読んでいたので、いろいろな場面が思いおこされ感慨一入でした。

          

 旧市街も歩きました。ワルシャワ旧市街は、ワルシャワ蜂起(ポーランド国内軍とワルシャワ市民によるドイツ占領軍に対する蜂起)で8割以上が破壊されましたが、古い資料や写真を手掛かりにしてワルシャワ市民の手で「煉瓦のひび割れ一つに至るまで」と形容されるほど丹念な修復が施されて見事に復元され、世界遺産に登録されています。破壊状態の写真(モノクロ部分)と現在の写真(カラー部分)を並べた絵葉書を数枚買い求めましたが、復興までの道のりの困難さと同時に市民の不屈の魂、復興への執念を感じさせられます。