フランスの食文化11(オランデーズソース)

 アビニヨン~パリ間の新幹線の中で食べたお弁当。これは2022年8月1日に「弁当1」としてトップに登場させたものの再渇です。

 添乗員から「今日の昼食はお弁当です」といわれ、日本のお弁当を想像して期待していたのに、渡されたのは白いビニール袋の中に無造作に入れられた食品類で、内容は決して悪くないのですがちょっと心がしぼみました。

  夕食はパリ市内のレストラン。パリに来たぞっていう感じの料理です。

 牡蠣のオードブルは、2年前、パリ初日の夕食で食あたりしたので慎重になりました。

 ヒラメに添えられたオランデーズソースは皿一面を覆っていてやや古典的な盛り方のようです。一見マヨネーズみたいですが、サラダ油ではなくバターを使うところがマヨネーズとの違いです。卵黄とレモン果汁を湯せんで加熱しながら泡立てるようにかき混ぜとろみがついたら溶かしバターを少しずつ混ぜながら加えて乳化状態になったら仕上げに塩、こしょうで味を整えるというもので、日本ではあまりなじみがありませんが、フランス料理の5大ソースのうちの一つです。

 ホタテ貝にも、にんにくバターソースが添えられており、やはりフランス料理はソースが決め手という気がします。

 デザートはシャーベットがスポンジ生地とメレンゲで覆われたようなものでしたが、「オムレツ」という名前に興味をそそられて注文したのだと思います。

 

フランスの食文化10(アヴィニヨン)

 アヴィニヨンのホテルでの夕食イラストは、皿の模様も含めておいしそうに描いている割にあまり記憶に残っていなくて、特に層状のオムレツってどんなオムレツだったっけという具合なのです。

 料理のことよりは「アヴィニヨンの橋の上で」の歌詞通り(といっても橋の上でではありませんが)、みんなで歌いながら輪になって踊ったことの方が鮮明に思い出せます。

 アヴィニヨンの橋は石造アーチ橋で、当時22あったアーチの大部分は洪水で崩壊して、現在は途中までしか残っていなくて橋を渡りきることはできず、それに、橋の幅は輪になって踊るにはちょっと狭いのです。

 古いフランス民謡の「アヴィニヨンの橋の上で」がなぜ日本の小学校音楽教科書にまで掲載され、アヴィニヨンといえばこのメロディと歌詞が浮かんでくるのか不思議です。

 

 

フランスの食文化9(アルル)

 マルセイユからアヴィニヨンまでの途中アルルへ寄り、円形闘技場、サン・トロフィーム聖堂、アルル博物館などを見学。アルルといえばゴッホ。「アルルの跳ね橋」の絵の中の跳ね橋は、20世紀前半にコンクリート橋にかけ替えられたため現存せず、私たちが見たのは別の場所に復元された橋でした。

 アルルのレストランでの昼食は素朴な感じでした。

 カニサラダはレタスにかにかまが載っただけの物で、かにかまがフランスでも使われているのかとびっくりしたのですが、何と最も消費量が多いヨーロッパの中でも、1位はフランスなのだそうです(2015年時点)。

 ウイキペディアによると、1970年代前半、新潟県広島県の業者によって、北陸のズワイガニもどきを作ることからスタートし、欧米諸国には比較的早期から普及していたとか。インスタントラーメン、レトルトカレーと合わせて「戦後の食品の三大発明」と呼ばれることもあると聞き妙に納得をしました。どうかすると本物の蟹よりも蟹っぽいものもあり、前者2つに比べると何かと出番が多い食材という気がします。

 メインの牛肉は固く、「クジラみたい」「こめかみが痛くなる」と表現された方は年配の女性でした。ですが、ソースはおいしく、面目躍如たるものがあります。付け合わせのクールジェットはズッキーニのことです。

 デザートは色々な種類のフルーツの盛り合わせでした。

フランスの食文化8(ブイヤベース)

 夕食は、魚介類が豊富なマルセイユならではの名物料理ブイヤベース。

 テレビのグルメ番組「SEIKOグルメワールド 世界食べちゃうぞ!!」で紹介されたレストランでした。

 この番組は、司会の関口宏が2人前後のゲストとともに現地で行なった食べ歩きロケを放映したもので1984年6月から約3年続きました。

 ブイヤベースは、魚介類と香味野菜をトマトベースで煮込んだ寄せ鍋風の料理で、フカヒレスープやトムヤムクンと共に世界三大スープと称されています。

 スープと魚が別々の器に盛って供され、まずクルトンを添えてスープを、次に魚介類をメイン料理としていただくのが一般的な食べ方だそうです。私達は、カリカリに焼いたフランスパンにアイオリソースを付けたものにスープをのせていただきました。魚介類や香味野菜から出る出汁とトマトの酸味の相性が良いスープです。

 ブイヤベースにはアイオリソースやルイユというソースを添えるのが定番です。

 アイオリソースは、「にんにく」を意味するフランス語の「アイ(ail)」と「オリーブ油」を意味する「オリ(oli)」を組み合わせたフランスのプロバンス地方で生まれたソースで、わかり易く言えば「にんにく入りマヨネーズ」、ルイユソースは、アイオリソースに唐辛子が入ったソースです。

キール・ロワイヤル」は、シャンパンとカシスリキュールのカクテルで「王のキール」という意味があります。キールというのは、これを作った人の名前を付したもので、白ワインとカシスリキュールを混ぜたカクテルで、ワインをシャンパンに変えたもの がキール・ロワイヤルで、格の上がったキールといったところでしょう。

 飲み物だけで100フランは痛い!と書いていますが、当時の為替レートでは1フラン約24円ですから2400円くらいになり、この時の旅行費用(2週間で約70万円、今はかなり安くなっていますが)から考えるとそんなに高くはないのですが、当時は飲み物にお金をかけることは少なかったのかもしれません。

 

 

フランスの食文化7(カンヌ、マルセイユ)

 ニースからマルセイユへ移動する途中寄ったカンヌは国際映画祭として知名度が高い地で、有名な俳優さんが押した手形がたくさん残っていました。

 カンヌ国際映画祭は世界三大映画祭(他の2つはベルリン・ヴェネツィア国際映画祭)の一つですが、これらの映画祭における日本の受賞については貧弱な知識しかないのでこの際調べてみました。

 3つの映画祭で最高賞を受賞した邦画は下記のとおりです。

カンヌ国際映画祭:最高賞はパルム・ドール

 1954年:地獄門、1980年:影武者、1983年:楢山節考、1997年:うなぎ、2018年:万引家族

 最高賞ではありませんが、「誰も知らない(2004年)」という作品で柳楽優弥が史上最年少および日本人として初めての最優秀主演男優賞を受賞した時は話題になりましたね。ちなみにその時の監督は是枝裕和で、「万引家族」の監督でもあります。

ヴェネツィア国際映画祭:最高賞は金獅子賞

 1951年:羅生門、1958年:無法松の一生、1997年:HANA-BI

 HANA-BIの映画は見ていないのに、北野武が監督ということだけは頭にこびりついています。

ベルリン国際映画祭:最高賞は金熊賞社会派映画が多いのが特徴

 1963年:武士道残酷物語、2002年:千と千尋の神隠し

 映画賞に関しては3大映画祭とは別にアカデミー賞アメリカ)というのがあり、千と千尋の神隠しは2002年のアカデミー賞でもアカデミー長編アニメ映画賞を受賞しています。

 国際映画祭は名前の通り「祭り」で、マーケットも出店して数日間にわたって実施され、受賞者には賞金が出るのに対してアカデミー賞は1日で終わり賞金もないそうですが(オスカー像と呼ばれる金メッキの彫像が贈られます)、華やかで知名度も大で受賞の有無が興行成績へ及ぼす影響力は強いようです。

 映画祭、アカデミー賞に共通しているのは、作品賞のほかに出演者や脚本家を対象とした様々な賞があることで、たくさんの日本人が素晴らしい成績を残しており、とても誇らしく思ったことです。

 

 マルセイユでの昼食は、さすがフランス最大の港湾都市らしく、海の幸を使った料理とニース風サラダでした。

 ニース風サラダはその名の通り、南仏ニースで生まれたフランスを代表するサラダの一つで、主にトマトやアンチョビ、黒オリーブ、にんにく、ゆで卵が主な材料です。

 

 

フランスの食文化6(賛助出演モナコ)

 地図で見れば、モナコはニースとは目と鼻の先といった距離にあり、面積は2.02㎢、これは皇居の総面積くらいの広さで、主権国家としてはバチカン市に次いで世界で2番目に小さいのですが存在感がありますよね。人口密度は世界一、公用語はフランス語、F1やカジノが有名ですが、モナコといえば真っ先に浮かぶのがグレース・ケリー。ハリウッドスターとして絶頂を極めていた時期にモナコ大公レニエ三世と結婚して世界中から注目され、王妃の名前に由来したケリーバッグや自動車事故による突然の死等話題に事欠きません。

 モナコの滞在は1日だけでしたが、モナコ大聖堂・衛兵交代の儀式・香水工場の見学、モンテカルロでカジノ体験等盛り沢山でした。

 モナコ大聖堂(結婚式を挙げたところ)のグレース・ケリーの祭壇の前は花が絶えないということでした。

 モンテカルロカジノの体験、私は見ていただけですが、グループの中にはかなり儲けた人もいました。

 衛兵交代時の制服は白というのが鮮明に焼き付いていたのですが念のためユーチューブで見たら紺色だったのでびっくりして1980年代の衛兵交代を検索してみたら、両方出ていました。色というのは結構インパクトが強いようで、長いこと、衛兵の制服はイギリスが赤、モナコは白と思い込んでいました。

 衛兵交代の儀式を見物した後、レストランで食べた昼食のサラダ、メイン、デザートはどれも何となくファッショナブルな気がするのはグレース・ケリーへの思い入れでしょうかね。

 ニースに戻ってからの夕食はフリーでした。宿泊ホテル前の砂浜ならぬ小石浜に新聞紙を敷いて7人で車座になって食べたのは、パン・バーニャ(大きなバンズの形に焼き上げたフランスパンに卵・トマト・オリーブ・ツナ・レタスを挟んだニース風サンドイッチ)、ノアゼット(ヘーゼルナッツ)とジュースなど。食事内容の点では前日のネグレスコホテルとの落差は天と地ですが楽しい時間でした。

 

フランスの食文化5(ニースの海岸、ネグレスコホテル)

 ニースは、コート・ダジュール(紺碧海岸)に面する世界的にも有名なリゾート地です。紺碧の海と空が広がるニースの海岸の写真を見るだけでも旅情を誘われます。夕食までの間、数人でホテルの目の前にある海へ出かけました。海水浴を楽しもうと意気込んだものの、思ったより波は荒く日本の砂浜のような細かい砂ではなく、海水浴を楽しむ所ではないなあというのが実感でした。

 夕食は南仏を代表する老舗のネグレスコホテルというので、みんなここぞとばかりすごいおめかしをしていました。

 料理もご覧の通りヌーベルキュイジーヌスタイルの洗練されたものでした。

 オードブルは、サーモンのテリーヌ、ポレンタとロブスターのミルフィーユ、鴨内蔵のレバーで、いずれもフランス料理の手法が遺憾なく発揮されたものでした。

 スコティッシュサーモンはスコットランドで育てられたサーモンで程よい脂と鮮やかなピンク色が特徴といわれています。ニース風といえばサラダが有名でいずれ登場しますが、ここではトマトソースの使用がニース風ということなのでしょう。

 肉料理はスライスポテトをずらして焼いたものの上にほうれん草を詰めたラム肉をのせたもの、デザートはムース、アイスクリーム、飴細工と、盛り付けも含めて細かい作業が要求される料理です。

 当時の記録によると「『料理は素敵でした』と言えるものだったが日本でもこのくらいの料理はいくらでも食べられるような気がする。洗練さでは日本の方が上のように思われる」と何とも強気な表現ですが、ヌーベルキュイジーヌスタイルが日本の影響を受けたということを考えれば満更大げさとはいえないのかもしれません。